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合宿免許の利便性

3週間という長い休みとなると、もはや休日も生活である。 これからは、その生活をどうするかを考えなければなるまい。
 おのおのが自分の好み、生活信条に従って過ごせばいいと思うが、多様であるほうがいいと思う。 皆そろって同じ趣味というのは考えられない。
カー・ガイは、自動車のメカニズムだけでなく歴史、現状、マーケティング、ときには運転技術にも長じている。 こういう男が外国の自動車屋に多いことは、私もよく知っている。
彼らは、自動車ビジネスにも長じておりへクルマの話ならT晩中でもやっているという男たちだ。  クライスラーの社長ボブ・ラッツは、こういうカー・ガイの代表的な存在だろう。
彼はBMWのイメージを高め、フォードで仕事をし、クライスラーに来た。 彼の関与したクライスラーのクルマは、まずスタイリッシュで、ヨーロッパ的なハンドリングを持つクルマである。
そのクライスラーいのクルマは最近、アメリカでも人気を呼んでいる。 K本さんは東京モーターショウのプレスデイにメルセデス・ベンツの古いHCTーCO0年代のレーシングカーが飾られているのを見て、そこへ立ち寄り、メルツエデスの社員が、お乗りになりますかと聞とう嬉々としてそのレーシングカーにまたがり、写真を撮れといった。
その愉しそうな顔は本物のカー・ガイだった。  いま、K本さんはホンダの社長として苦労されている。

私はこの人の率いるホンダの将来を少しも疑っていない。 100年、自動車ビジネスはいろいろなことがあったが、いつもその時代その時代にカー・ガイがいた。
その人たちは冷静に自動車ビジネスに関係すると同時に、このビジネスがリスクに満ちたものであるということをよく承知していた。 だからこそ、彼らはときとして冒険的な行動をとる。
これが結果的に自動車を進歩させてきた原動力だと私は信じている。  ステーションワゴンは、乗用車に近いムードと機能を持っているためへこれを買うユーザーは、特別なクルマを買うという意識が薄い。
どこへいっても恥ずかしい思いはしない。 レガシィ・ツーリングワゴンはそのステーションワゴンのトップセラーである。
レガシィの商品企画は実に優れていた。 レガシィのラインナップはt GTと称するスポーツカーのように走るタイプからの豪華版までズラリとそろっている.このレンジの広さはこのクルマの魅力である。
レガシィは何よりスタイルがよかった。 殻的なヴァンとレガシィ・ツーリングワゴンの明確な差は、このスタイルにあるといっていい。

レガシィの普及は、日本のクルマユーザーに大きな荷物を運べることの便利さも教えた。 昔からヨーロッパ人はワゴンが好きだ。
人間を乗せるときはセダンと変わりな、しかも相当な荷物が積めるからだ。 レガシィのような荷物の運べるクルマは人間を行動的にする。
またワゴンの普及は,ことによると日本でも5ドアを普及させるかもしれないと私はひそかに期待している。 富士重工はインプレッサ・ワゴンという実用的な5ドアを売っている。
最近、このクルマも人気上昇中だという。  ステーションワゴンの普及は、日本人に個人主義をより推し進めるかもしれない。
アメリカではもはやクルマの主流はミニヴァンに移っているというが、個人主義のアメリカではミニヴァンの方が社会的だと思われているからである。 日本人は℃ゥ分が大切″という個人主義を、もう少し理解した方がいいと思う。
個人主義を深理解しているとう自分の好み・主義主張は大切同時に自分と違う他人の趣味・主張も同じように大切であることがわかっている。  自分を認めさせるために他人を認める。
これが個人主義のベースこいつは日本人にとってとても難しいことのようだ。 ある鯖屋のオヤジは、お客さんとの会話では野球の話、宗教の話はタブーだという。
日本人はそのことになると自分の主張を譲らないというのだ。 いいクルマ、こいつをユーザーは得ようとし、メーカーもそれを作ろうとする。
考えてみれば、本書もいいクルマを選ぶことからスタートしたのだ。  その昔、いいクルマというのは、なによりも故障しないクルマのことであった。
これについては、日本のクルマが主役となり、世界的に解決されつつある。 ときにいいクルマとは性能の高いクルマということでもある。
ドイツのメルセデス・ベンツはシャシーの性能が高いため、大きなエンジンを与えられ、高性能が実現できた。 同時に故障も少ないから、世界的な名声を得られたのだ。

オゾンを壊すフロンは使わないこと、排気ガスの絶対量を減らすための好燃費、万がTの事故の際にも安全であることへ というファクターだ。 もちろん、自分の好みは優先されるべきだとは思うが、その好みも多の人が納得するものでなければなるまい。
壊れることはほとんどないといっていいだろう。 外国車も、もはやそんなに壊れない。
ディーラーがしっかりしていてサーヴィス (修理工場など) が確立しているところならば、この件はよほど特殊なクルマ以外忘れていい。  性能には、動力性能、ハンドリング、乗り心地などの多の要素があるが、そのなかでハンドリングと乗り心地とは対立する。
ハンドリングを重視するか、乗り心地を重視するかはユーザーが自分で決めることである。 自動車のスタイルは絵画ほど難解ではないにしろ、基本的な知識がないと充分に理解しがたい。
変なクルマに得々として乗っていると、そのオーナーである自分の美的センスを疑われてもしかたない。  結局、自動車選びとは、自分の人生観の問題だと思う。
どんな人生観を持っているかがクルマ選びの基本なのだ。 <Nルマでその人となりをあらわす″ 。
外国では常識である。 その点、ボディカラーからインテリアにいたるまで、何を好み、選ぶかはきわめて大切だと思う。

大都市では、一気に多の外国車が見られるようになった。  外国車のウィークポイントのひとつであったトラブルの多きも、どんどん少なくなっていった。
中古車として売るときのプライスは依然として問題だがそれでも維持費や修理代が下がるなど、諸々のファクターによって外国車は普及しはじめた。 一般に自動車生産国ならへそのマーケットを10%から20%の輸入車が占めるのは普通である。
アメリカでも30%、イギリスでは50%を超える。 日本はそれに対して、いまだ10%以下ときわめて低い。
外国車が7般に普及するのはこれからなのだ。 問題は、安なり買いやすくなったガイシャが、これからこのマーケットでどんな地位を占めるかだ。
外国車に乗る理由は、ユーザーの文化的な好みによるところが大きい。 自動車というものはその生産国の文化、文明を背負っている。
その意味において生産国の文化をあまり感じさせない (日本車はまさにそれだが) クルマは人気が出ないだろう。  フォード、GMというアメリカの会社のヨーロッパ製のクルマは、このキャラクターが希薄である。
イタリアのスタイリストたちは、大胆にクルマのスタイルを変えようと考えているらしい。 5年ほど前に始まった。

 従来、自動車のスタイルはバランスのとれたプロポーション、美しい面や線の構成に力点が置かれていた。 オーセンティックな#″はロングノーズ、ショートデッキが正解であり、フロントスクリーンの位置、角度もその大切なポイントだったが、変革はそれを崩すことから始められた。

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